先日、知り合いとご飯食べていて、結局おまえはどういう人がタイプなの?と訊かれました。

なんかこの質問ってやけに悩むんですよね。単純に流れの会話の一部として楽しむには、やたら真剣に考えこんでしまう。

そんで、「有能なひとがいい、仕事ができるひと」とか言ってたら、酒飲みながらそれを聞いてた知り合いは、

「あれでしょ、つまり、言葉遊びができるひとがいいんでしょ」

と言ったんですよ。

瞬間、むっとしたんですけど、これってたぶん図星だよな。

というか私は単純なので、「〜でしょ」とか言われると、違う、と反射的に拒絶する天邪鬼でありながら、後から「…そうなのかな。そうかも。そういう面があるのかも」とか思い込んでしまいます。
だから本当なのかどうなのか、よくわからないんだけど、たぶんムっとしたってことは、図星突かれたからってのもあるんだろう。

なんつーか、自分があえて言葉を濁していた、具体的な自分の趣味に関するところを無遠慮に突つかれて、「ワタシそんなに底の浅い人間じゃないわ! ワタシのことがわかったなんて簡単に思わないでちょうだい!」みたいな、恥ずかしいとこが出たような。ああさっきまでロマンス小説とか読んでたからなんか台詞がお嬢様調だ(笑)。

決め付けを嫌う人間ほど、他人を決め付けたがる傾向というの、あるような。…これは関係ないけど。

まぁとにかく、そんなわけで、言葉遊びができるひとってのを具体的に想像してみたんですが、

―――すっごい理想的で笑えた。

ちょっとひねた、自意識過剰っぽい会話がしたいだけなのか、私は。
まさに自分の子供っぽさをしみじみ感じたんですが、言葉遊びできるって、けっこう大事な要素なのかもしれないと同時に気づきました。

私はたいてい、一度会って話せば、そのひとが漫画やアニメ好きかどうかの判断できるんですが、それってただの勘だけじゃなく、

そのひとが話す言葉の語彙とか。口調とかを耳にしていると、無意識に伝わってくるときがあるんですよね。

そのひとが普段、どういった文字や音の媒体に接しているかが。
もしくは、どういった文字や音媒体が好きなのかが。

つまり常に漫画とかアニメ見てる人は、語彙や話も、それに少なからず影響されているということです。
普段自分が見たり訊いたりしてるものって、存外深く刷り込みされているものです。

話し方には、その人が喋りを必要とする職業にあるなら、その特徴がどうしても出てしまいます。

たとえばお医者さんは、患者さんに対して病状の説明をしたりするので、やはり独特の調子があるように思います。教師なんかも、わかりやすい喋り方をするのでどことなく悟れます。
あとはスポーツ選手とかも、はきはきした答え方や、答えの一文一文が短い傾向がありますよね。もちろん個人差は大きいですが、面と向かって話していれば察せられる部分がかなりあります。

言葉遊びができるということは、そういった、ちょっと細かい人格的な部分でのリズムが合う、もしくは合わせられる、あとは話題や口調に通じ合うものがあるということです。

単にコミュニケーション能力があるだけじゃなく、二人とも興味ある分野に話を広げることができて、お互い笑いもとれたら最高です。一度会って、二度目も会って話したいという気持ち。

一度会ったあと、また顔が見たいとか、また会ってその人のことが知りたいって思うのはよくあるんですが、
もう一回、ゆっくりおしゃべりしたいな、なんて思うのは非常に貴重だと思います。

そういう人と偶然出会えたなら、ぜひぜひ強引にでも、二度目の機会を作りたいです。というか作らなくてはなりません。男女問わず。

気取らないおしゃべりはいいものです。

オチがないのもいいものです(たぶん)。

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