ホクホク戦利品。

2004年2月17日
うおー昨日かけなかった。家に帰って八時ごろにバタンキューでしたよ。徹夜明けは疲れるなあ(やるなよ)。

小説ウイングスとよしながふみ女史の単行本を買いました。
ついでに三千世界の鴉を殺し8と、ちょー企画本2も。

……もっと真面目な本読もうよ、私…。

ちょっぴりカカイルから離れてますが、このインターバルが、後々キクのよねえ。良いカカイル本に出会ったときの喜びがひとしお♪になるんですよ。
だからワザと(なのか?)ちょっと読まない期間を設けてみたりして。

そうそう、死にネタについて語る予定だった。

前述の通り、あんま好きとはいえません。私は。

こう、なんつーんですか、思いもかけず話が死にネタになると、楽しくサーカスを見てたら最後の最期に、空中ブランコから演技者が転落して恐怖の見世物と化してしまうような……墜落感と怖さがあります。

怖いでしょ。娯楽だと思ってみててそんなことになったら、めっちゃ怖いでしょう。
そんな感じがして、なんか苦手なんです。

創作小説はエンターテインメントだと思うですよ。
そして、書き手の満足をとことんまで追い求めてよいのが同人だとしたら、商業誌は受け手――読者――の嗜好を意識した傾向になるのが、当たり前だと思います。

だって出版社だって商売だしね。
儲からないとオマンマ食い上げだ(言い方古…)。

だから商業誌では、最期がアンハッピーのが少なくなる。読者はハッピーエンドを望んでますもんね。

私も基本的に、というより根本が絶対的にハッピーエンド推奨派です。

本とか小説とかお話に、面白さ楽しさを求めて読んでますから。
感動とか、切なさ苦しさは、単品ではいらないんです。最期は丸くおさまり、大団円☆というのが前提で、切なさ苦しさが生きてきます(私にとっては)。

でもカカイルは容赦なく死にますよねー。
救いようがない死にネタとかもあります。こういっちゃ失礼かもしれませんが、どこにも幸せな要素がなくって、「…この書き手さんは、いったい何を考えてこの話を書いたんだ…?」と真剣に不思議に思う死にネタもありました。

つらいばっかりで終わってしまう話はいやです(おこちゃま)〜。

死にネタって大体、死ぬ過程と死後残された片割れの哀愁で成り立ってますが、それじゃお決まりすぎてつまらないとも思います。
死を題材にした話として、エンターテインメントとして考えるならば、プラスアルファの何かがないといやです。

消失に意味を持たせるわけです。
もしくは消失の演出です。

それがこう、ジーンと…ジーンとくるんですよ私は。

今、もしハッピーエンドの死にネタがあるとしたら、それは二人一緒に…というヤツかもしれんなあと思いました。

そういえば最近読みました。そういうやつ。
どっちも死んじゃうなんてイヤっ!て人もおられるでしょうが、案外物語としちゃいい感じなんじゃないでしょうか。

またどこのサークルさまだか忘れたんですが(……)、えーと二人が孤児院みたいなところで一時期一緒に暮らしてて。でもカカシは早くに忍としてひとり立ちして。

その時カカシの目の傷は、イルカがつけたことになっていて…大人になった二人は、戦場で上司カカシ部下イルカで再会します。
実はずーっとイルカが好きだった(やっぱこうでなくちゃね!)カカシに、イルカはいたぶられちゃったりして(そうそうお約束でいいのよ!!)。

死体は見つからない、という終わり方なんですが、イルカを追って、重傷のカカシが底の見えない地下の大穴に身を投げました。

(ここまで詳細にオチ書いちゃって、いいのか悪いのか一分煩悶…。許してください。)

未来のない話ではあるんですが、二人ともそれを選んだのだ、という意味では、救いがあると私は感じるんですが。
むしろひとり残される方がつらいです。現実の上でも、想像の上でも。

今までで、いちばん「救いようがねえ…」と思った死にネタは、けっこうな大手さんのものでした。
とっとと売りました。……だって読み返すたびに暗くなる!!
そんなエンターテインメントは、私はいらないの〜っ!!

いい値段で売れたので、別種の救いはありましたね(苦笑)。

やっぱり、面白くて楽しい小説がいちばん好きです。
でもそれだけじゃ飽きるときがあって、自分でも贅沢だと思います。
切なさとか苦しさとかが混じったお話で最期は幸せになる話ないかしら〜とか思っちゃう子供っぽい趣味と、ワガママがいけない。

二転三転して、最期にハンサムさんと幸せになるだけなら、ハーレクインロマンス本が最適(笑)。
それを男同士で!! とか意気込むオノレは、だから変態だとやっぱり思っちゃいます。

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